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会報

タンモリと料理と私

株式会社サンリック
品質保証兼新規開発室 取締役 勝見 学

第139号会報(2025年4月18日発行)

#寄稿

「モリブデンはいろいろな価数を取るけど、酸性溶液中の陽イオンの状態ではモリブデン酸(MoO22+)、つまり2価で存在していると考えたほうがいいよ。タングステンも同じ。」。

社会人になって間もない頃、初めてモリブデンを扱うことになったときに当時のボス(私の化学の先生)から受けたアドバイスです。タングステン、モリブデンが他の金属とは異なるユニークなふるまいをすることを知り、化学的には扱いにくいけど面白い物質だと感じたことを今でも覚えています。

 

このとき私は技術職としてリチウムイオン電池、自動車触媒等で用いられる機能性材料を作るための化学合成プロセスの開発を担当していました。金属を溶液化するための条件(使用原料、pH、温度)、その後の乾燥、熱処理等のプロセスを経て、狙いの仕様に作り上げます。化学合成は条件の設定や操作を誤ると、狙いとおりにできませんし、後戻りや手直しができないことがほとんどです。繰り返し同じものを再現よく作るためのレシピとその操作テクニックが重要であることを学びました。

 

主に金属酸化物の機能性材料を合成していました。最初に金属を酸溶解するのですが、酸には有機酸をよく利用していました。有機酸を使っていたのは、基本的に炭素、酸素、水素、窒素だけで構成されるため、熱処理した後の残留不純物がごくわずかで、金属酸化物の合成にはもってこいだったためです。有機酸を使っていく中で、これらは食材に多く含まれるとても身近な存在であることも分かってきました。例えばグルタミン酸(C5H9NO4)。グルタミン酸のナトリウム塩は昆布やワカメなどうま味成分として認知され、うま味調味料としてもご家庭で利用されています。私はアスコルビン酸を金属の還元剤としてよく使っていたのですが、これは別名ビタミンCと呼ばれています。実際に金属に対する還元力を目の当たりにすると抗酸化作用があると言われているのは納得です。シュウ酸はホウレン草に多く含まれておりエグみのもとになります。また体内のカルシウムと結合するとシュウ酸カルシウムという結石の原因物質にもなります。シュウ酸自体は水によく溶けるのでしっかりアク抜きすることでおいしく健康に食べることができます。

 

大学時代から1人暮らしをしていたのもあり、よく料理はしていました。社会人になって物作りにおけるレシピの重要性とその面白さを学び、そして化学物質に対する理解の深まりとともに、料理が科学そのものであり、考えて料理することに楽しさを感じるようになりました。

 

料理をする方ならご存知だと思いますが、うま味は単独で使うよりも組み合わせた方が、うま味が飛躍的に強くなることが知られています。いわゆるうま味の相乗効果というやつです。有名なのがグルタミン酸とイノシン酸の組み合わせ。グルタミン酸は昆布や野菜類に多く含まれています。イノシン酸は魚介類や肉類に多く含まれます。

どの食材に何が含まれていて、どういう組み合わせにすると美味しくなるかを考え工夫することに楽しさを感じます。相乗効果が起きるメカニズムを知りたいと思ったのですが、複雑でとても難しく、そこは一旦保留しています。

 

麻婆豆腐が大好物でたまに作ります。豆腐と豆板醤に含まれるグルタミン酸、豚ひき肉に含まれるイノシン酸、これらうま味の相乗効果に加え、ニンニク、ショウガ、ごま油、豆豉(トウチ)、醤油が全体の風味を豊かにします。そして花椒(ホアジャオ)による痺れるような辛さと唐辛子によるピリッとした辛さがたまりません。これら食材による複雑で奥深い味わいが麻婆豆腐の魅力です。

 

サンリックは横浜市金沢区にあり、社屋から東京湾を一望することができます。東京湾にはアジやキス、タチウオなどさまざまな魚が生息しており釣り人にとって恵まれた環境です。私も15年くらい前から船釣りに行くようになりました。特にアジは簡単に数が釣れ、脂が乗って味が良く、釣りビギナーにとって最適と言われています。アジが釣れたら刺し身やなめろう、アジフライを作っています。沢山釣れたときは干物にもします。アジの干物は、新鮮なアジを開いて塩水に漬け込んだ後、乾燥させて作ります。乾燥の過程で、アジに含まれるグルタミン酸やイノシン酸が凝縮されて、独特な風味が増します。スーパーの干物は保存性を優先して塩分濃度が高く固くなるまで乾燥しているのでパサパサなのが多いですが、私は長期保存するわけではないので美味しさ優先で作っています。塩分濃度は10%、漬け込み時間は20分、漬け込んだ後表面の水分をよく拭き取り、日陰で半乾き状態で止めます。焼いたアジの干物に、ご飯、味噌汁、大根おろしを添える。お茶漬けにしてもいいですね。休みの日の朝、口に入れたときの柔らかい食感とふわっと広がる香りと濃厚なうま味はまさに至福のひとときです。

 

道具は大事にしています。包丁は使用前にできるだけ研ぐようにしています。鋭利に研ぎすぎても刃こぼれを起こすので適度な角度にする必要があります。包丁を研ぐとどうしてもバリが出るのでうまく除去しないと、上手に食材を切ることができません。金属の切削加工と同じですね。よく手入れした包丁で調理した刺し身は弾力があり、口に入れたときの食感がまるで変わります。

 

現在このように好きなことをしながら幸せに過ごせているのは、サンリック従業員、お取引様そして愛する家族のおかげです。これからも物質のふるまいの理解に努め、そしてプロセスを重視し、人生を楽しみながらタンモリ工業会の発展にも貢献していきたいと思います。

 

焼いたアジの干物

焼いたアジの干物

 

アジを乾燥させている様子

アジを乾燥させている様子

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