最初に、固有名詞は書きませんので、ご了承ください。当社出演者は「彼」と表現致します。
2010年の春、一本の電話があった。相手は、テレビ局から依頼された製作会社の担当者であった。話を聞くと、「最強ドリル」と「最強金属」の対決をテーマに番組を制作したいが「最強金属」を作ってくれないかとの依頼であった。番組は第一弾として、ローカル局の深夜番組から始めるとのこと。なぜ、日本タングステンに依頼をするのかと聞くと「強そうな名前だから」と至って単純であった。
はじめは、そんな理由でと思ったが、マスコミには縁のない当社にとって、営業活動や採用活動に役に立つと考え直し、「最強金属」の製作を了承することとした。番組のルールとして、「最強ドリル」のメーカーや材質などの情報は一切流させないとのことであった。
当社で「最強ドリル」は何かを推定し、それに対抗できる「最強金属」を製作するのである。ただし、「最強金属」のサイズは製作する上で必要なので、情報として入手出来た。また、「最強金属」側は持ち運びが可能な為、加工設備が移動できない「最強ドリル」側へ単独訪問し、対決することになる。
しかし、「最強金属」を製作することは製造業であるので得意であるが、番組に出演出来る社員を誰にするかが、問題であった。兎に角、元気で、地方色もあり、嫌みを感じない風貌、人柄など考慮し、選んだのが「彼」であった。最初は嫌々であったが、会を重ねる度に度胸が付き、人気が出てきて「彼」を選択したことが最高であったと思えた。対戦は合計6戦であった。これからは対戦を振り返りたい。
第1戦は、サイズは50㎜× 50㎜× 15㎜程度のことであった。このサイズなら、「最強ドリル」は超硬ドリル+コーティングではないかと推定し、相手さんには申し訳ないと思いながら、「最強金属」として、超微粒子超硬を製作することとした。結果は、表面に傷が付いた程度で、圧勝であった。
第2戦は、サイズは前回同様であった。しかし、相手も「最強金属」は超硬合金と読んでくるので、次の「最強ドリル」はダイヤモンド工具であると推定した。過去に平面研削加工でダイヤモンド砥石がすぐ摩耗し、加工出来ない経験をしたホウ化チタンを主成分とした金属を「最強金属」とした。案の定、相手はダイヤモンドコアドリルを「最強ドリル」としていた。結果は、ダイヤ粒子が摩耗し、深さ2㎜で、機械が過負荷で自動停止し、勝利であった。
第3戦は、円盤状でサイズが直径300㎜× 30㎜厚みと言うことであった。このサイズなら、重機で「最強ドリル」を無理やり押し込むと推定し、高強度、高靭性な超硬合金を「最強金属」と選択した。結果は、「最強金属」は重機の打撃に耐えた。打撃の反発でドリルの刃先は破壊され、圧勝であった。
第4戦は、サイズが第1,2戦と同じであったので、ダイヤモンドコアドリルの改良型と推定し、ホウ化チタン合金を「最強金属」とした。「最強ドリル」は分厚いダイヤ層があった。ダイヤが摩耗しても、次のダイヤが出てきて、加工を継続する対策であった。結果は、「最強金属」が対戦中に割れてしまった。「最強ドリル」側は、「最強金属」を押し割ったので負けを主張し、「最強金属」側も割れたので負けを主張した。裁定は引き分けとなった。
第5戦は、再戦であったので、「最強金属」には割れない対策を施した。材料は前回同様のホウ化チタン金属を保護金属に焼き嵌めをして、圧縮応力を印加した。対戦結果は、「最強ドリル」のマシン座標は、穴を掘り下げているように見えた。「最強ドリル」が深く進んでいるので、貫通したと思えたが、「最強ドリル」のダイヤ層が無くなり、「最強金属」は3㎜程度残して、貫通していなかった。勝利である。
第6戦は、第1,2,4,5戦と同じサイズであったので、「最強ドリル」はダイヤモンドドリルの改良型と推定し、「最強金属」はホウ化チタン金属を保護金属に焼き嵌めした第5戦と同じものとした。本対戦の「最強ドリル」はダイヤモンド粒子が1㎜程度と大きく、摩耗に強いようであった。また、超音波振動を与え、「最強金属」を微小領域で破砕しながら加工するようであった。結果は穴が貫通し、負けとなった。
当社のテレビ番組出演は、第6戦で終了した。負けたけれども、やっと終わったと嬉しい思いがあった。しかし、出演者である「彼」は芸能人同等の人気者となり、通勤電車で騒がれたりした。精神的負担がかなり大きかったに違いない。さらに、ご家庭の事情により退社してしまった。今は、近隣の企業に再就職され、持ち前の元気、嫌みを感じない人柄で、工場長として活躍している。本当に安堵した思いであった。
この番組参加を了承した理由の営業活動、採用活動への影響はどうであったと言うと、営業活動では各営業員がお客さんとの話が弾み、営業がやり易くなったとの声があった。私の経験では、クレームの対応時、冒頭の挨拶後この番組のビデオを見て貰い、始終和やか雰囲気で対応策の話が出来たことを思い出す。採用活動では、エントリーシートが2,000通以上きて、人事担当者からは嬉しい悲鳴が聞こえてきた。テレビ放送の影響の大きさを再確認した。
もし、同様なオファーがあった時は、物作りは良いが、社員を出演させることは断りたいと思う。