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タングステンは 山あり、谷あり?

日本新金属株式会社
取締役 谷奥 量一

第142号会報(2026年1月23日発行)

#役員寄稿

妻のたっての希望で、2 年前の3月に屋久島縄文杉トレッキングに挑戦した。早朝3時半に宿を出発、登山口へ。 20キロ 11 時間のウォ ーキングは、途中小雪にも見舞われながら、かなりの ペ ースではあったが何とか完歩すること ができた。 途中、目的地の縄文杉のみな らず、宮崎駿のアニメに描かれているような世界が広がり、超自然を堪能することができた。

 

体はひどく疲れて、夜はもちろん爆睡できたのだが、翌朝目覚め時の 頭のスカッと感、からっぽ感は、実に爽快であった。もちろん本格的な登山には行ったことが無かったが、頂上(目的地)にたどり着く達 成感が全てでは無く、このような爽快感を味わえるのならと翌年は、 日本三大霊山の一つに数えられる白山登頂。そして、今年の夏は利尻富士登頂を試みた。

 

残念ながら、9合目時点での悪天候と家内の体力の消耗度合いから頂上を目指すことを断念した。が、その後天候は急回復し、下山中の6合目で上を見上げると雲一つない素晴らしい天気であった。滅多に味わうことのできない後の祭りである。因みに、利尻島にはクマは生存せず、150年前に本道から泳ぎ着いたクマが捕獲された記録が確認されているだけなので、その点は安心であった。

 

今年は、我が家から近い金剛山(楠正成の千早赤阪城で有名)に9回登頂。内3回は5歳の孫の手をひきながら。この工業会報が発行される頃には、2025年10回登頂達成することを目標にしている。蛇足だが、mont·bellの社長は大阪堺の出身で、小学校の時の金剛登山に体力検査でひっかかり、不参加を余儀なくされたことが、少しのトラウマになったことが私の履歴書で紹介されていたが、登山口にはmont·bell Shopがある。

 

この秋には、世界で初めて女性でエベレストに登頂した田部井淳子さんの原作「人生、山あり、‘‘時々" 谷あり」が「てっぺんの向こうにあなたがいる」という題名で映画化され、主人公には吉永小百合さんが抜擢され話題を呼んだ。この映画ではエベレスト登頂の感動だけでは無く、田部井さんが、晩年東日本大震災後に高校生達を励ます富士登山プロジェクトヘ挑戦された姿が感動的に描かれている。

 

わたしは富士山には約30年前に車で5合目まで行ったことはあるが、その頃は山登りには全く興味が湧かなかったことと、最近では海外客も含めて多くの山登り客が訪れそのマナーの悪さがを指摘されていることもあり、あまり心が惹かれなかったのだが、映画を観たことをきっかけに少し興味を持ち始めている。 中学校の英語教師である娘婿が、今年の8月より、単身でフィンランドの大学に留学している。何でも8年連続幸福度世界No.l国フィンランドは、学校教育においても見習うべきことが多く、それを日本にも取り入れる可能性を具体的に検討したいのだとかで、何年もの間教鞭をとる傍ら勉強を続けていた。長ければ5年という計画であるが、来年の7月に娘と2 人の孫が後を追って移住することになった。

 

富士山登頂に少し心が傾きかけたことは先に述べたが、折角なら来春一旦は日本で小学校に入学する初孫と富士山に一緒に登ってみようかという気持ちがにわかに湧き上がってきた。世界的にも圧倒的な知名度と人気を誇る富士山登頂は、きっと孫にとっての良き思い出作りになると思うのだが、期間が限られるので、実行性のハードルはかなり高い。

 

そろそろ、定年を意識する年になったが、20年近く正月に家族で出かけた信州黒姫高原のスキー場は定宿がクローズして以降中断。好きではあるが一向に上達しないゴルフは、大阪の夏の長さでラウンド日和が減少の一途をたどっており回数激減。であるならば、富士山は兎も角、低山登山を趣味に定着させて、健康年齢を維持したいと考えている今日この頃である。

 

娘家族のフィンランド移住については、住み心地が良くなって、永住するなどと言わないだろうか?と孫を大層可愛がってきた私としては、一抹の不安を感じてしまうが、そうなったら、夏場は暑い日本を離れて生活してみるのも悪くはないかなどとポジティブに考えてもみる。

 

登山の話がいつの間にか定年後の話に及んだが、会社生活41年、タングステン原料は経験したことの無い未曽有の混乱状態にあることを思い出してしまった。今の状態が谷なのか山なのかも分からなくなりつつあるが、まだ暫く続くであろう、あるいは常態化するかもしれない状況の中で、田部井さんの著書の題名のように本工業会も「山あり、‘‘時々’’谷あり」であってほしいと強く願っている。

 

利尻富士9合目 悪天候で登頂断念

 

下山時、6合目から見た山頂

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