1.はじめに:三十年という歳月の重み
先日、タングステン・モリブデン工業会事務局の植竹専務理事より会報の巻頭言の執筆依頼を頂きました。三十年前にも一度書かせて頂きましたが、時の経つ速さを改めて実感しております。
当社が本工業会に入会したのは1993年、私が代表取締役に就任して間もない頃でした。今は亡き株式会社東芝の鈴鹿氏にご紹介頂いたのがきっかけです。入会以来、業界情報をタイムリーに得られ、会員の皆様と交流を深められたことに深く感謝しております。
2.原点:学園紛争の喧騒とレアメタルとの出会い
私とレアメタルの関わりは、二十歳の学生時代にまで遡ります。1960年代後半、大学では全学連等の学園紛争が激しくなり、休校になることが多くなった頃でした。当時、父が経営していたサンリックは社員わずか六名の小さな有限会社で、それまでの商社的な仕事から、1966年に社内で板金加工を始めたばかりの転換期にありました。
大学が休校となったため、私は大学の友人を誘い、二人でアルバイトとして工場の手伝いを始めました。この時、共に汗を流した友人の存在は、殺伐とした世情の中で、私の仕事人生の最初の一歩を支えてくれた大切な相棒でした。
当時の工場には職人が一人しかおらず、タングステンやモリブデンの加工は未知の領域でした。レアメタルは非常に硬く、かつ脆いという特性を持っています。通常の鉄と同じ感覚で曲げようとすれば、パリンと乾いた音を立てて無残に割れてしまいます。職人が「何故こんなに割れるんだ」と頭を抱えながら試行錯誤を繰り返す横で、私は模型作りが好きだった少年のような好奇心を持ってその光景を見つめていました。この困難な素材を意のままに操る板金加工の奥深さに魅了されたあの高揚感こそが、私の原点となりました。
3.成長と危機:人を信じ、組織を鍛える
大学卒業後に入社し、1968年に株式会社を設立。その後社員も30名 を超え大田区大森の工場が手狭になり、1987年に大田区京浜島に移転しました。1993年に代表に就任してからは、営業と製造の連携による効率化を図りました。
私は財務に不安があったため、現副社長の髙橋達二君の兄である髙橋良一君に財務を任せたいと考えました。彼は当時静岡県に住んでいましたが「新幹線通勤」という条件で専務として入社してくれました。この決断で財務が強化され、一安心したのを覚えています。
しかし、2000年頃の「ITバブル崩壊」は未曾有の危機でした。米国からの多くの内示が突如取り消され、倒産の危機を迎えましたが、全社員の努力と協力企業の助けで何とか切り抜けました。この経験から、私は「企業は人なり」という信念をより強く持つようになりました。その後、リーマンショックも乗り越え、2017年には拠点を現在の横浜市金沢区福浦に集約しました。
4.現代の荒波:不確実性の時代を生き抜く
来年、当社は六十期を迎えます。しかし現在、中国による輸出規制の強化は、日本の中小製造業にとってこれまでの常識を揺るがす出来事となっています。調達の不確実性が高まり、事業計画の見直しを迫られています。レアメタルの価格高騰も、日々の経営判断に重くのしかかっています。
しかし、私はこの変化を成長への契機と捉えています。中国依存や技術継承の遅れといった「先送りにしてきた課題」に向き合うチャンスなのです。中小企業の強みは柔軟性と現場の技術力です。守りの姿勢ではなく、変化を自らの成長に転じる姿勢が今こそ求められています。
5.変化をチャンスに変える「覚悟」
生き残るために必要なのは、以下の三つの覚悟です。
第一に、サプライチェーンの再設計です。調達先の多角化や国内企業との連携を強め、安定供給という価値を再評価しなければなりません。
第二に、技術力の深化とデジタル化です。材料ロスを減らす工程の見直しや、高付加価値領域へのシフトは急務です。デジタル技術の導入は、効率化だけでなく次の担い手を呼び込む手段にもなります。
第三に、顧客との関係性の再構築です。単なる受託加工ではなく、設計段階からの協働や課題解決型の提案を行い、「この会社となら安心してものづくりができる」と思われる存在になることが最良の戦略です。原材料費高騰の現実を誠実に伝え、適正な価格での取引を求める対話も避けて通れません。
6.おわりに:未来へ繋ぐ「業界の絆」「企業は人なり、業界も人なり」
六十年前、一人の職人と、大学を休んだ学生が始めた小さな挑戦が、今のサンリックの礎となりました。どれほど時代が移り変わり、デジタル化が進歩しても、最後に価値を生み出すのは人の熱意であり、信頼の絆です。
現在はレアメタルの高騰や国際情勢の不安定化など様々な不安要素がありますが、逆境の中でこそ企業の本当の強さが問われます。タングステン・モリブデン工業会という素晴らしいプラットフォームを大切にし、皆様と共に切磋琢磨しながら、この波を乗り越えていきたいです。そして、次の時代の製造業を形づくる原動力となり、日本の確かな技術を次世代へと繋いでいくことを切に願っております。希望の芽を共に見出し、未来へと力強く歩みを進めてまいりましょう。