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役員寄稿
  「タングステン・モリブデン化合物の謎」 (第120号会報)
   東芝マテリアル株式会社
取締役 技師長
斉藤 秀一

  一年ほど前に、とあるセミナーで「タングステンとその酸化物」と題して、タングステンやモリブデン、その合金、酸化タングステンナノ粒子の紹介を行う機会を頂きました。改めて、タングステン、モリブデンの化合物についても振り返ることが出来ました。酸化タングステンナノ粒子は、可視光光触媒としてCOVID-19への適用を含め、顧客への提供を行っているほか、他の用途として、エレクトロクロミック材料としての開発*1)、二次電池用負極材料としての開発*2)等、デバイスから要求される特性に合わせたナノ粒子の検討を進めております。一方のタングステン、モリブデンのバルク材料は、皆様ご存知の通り多くの用途に用いられております。また、他の金属や金属酸化物と混合することで、機械的強度や耐熱性、電子放出性等、様々な材料特性を向上させていることと思います。

  しかし、合金化等によって良いことばかりとは限りません。その一例として、Re とW の合金で、表面が変色する現象があります。厄介なのは、必ず変色するわけでもなく、また製造直後から数か月~数年と変色が確認できるまでの期間も一定ではないといった状況があります。変色の要因を探るため、正常部と変色部の表面状態を、分析装置を用いて、いくつかの方法で比較することを行いました。その結果、

 ①変色部ではRe が固溶していない部分が多く、Reの表面組成比も若干多い(表面~ 10nm)。
 ②この表面(~ 10nm)では、Re、W とも酸化物の状態が含まれているが、変色部からはN が検出された。
 ③このN の結合状態を確認すると、Re やW との結合ではなく、NH4+ の状態で存在することが確認された。

 ここまでの結果で、変色部の表面ではアンモニア化合物が形成されていると推定されました。金属のアンモニア化合物は、比較的低温で分解することも知られているので、熱分析により離脱するフラグメントの分析を行いました。その結果、

 
④変色した試料では、150℃程度で、NH3 やH2O に起因する分解生成物のピークが顕著に確認された。

 この結果より、変色の要因には、NH3 や水分の影響が大きいと考えられました。実は、この考察には裏があります。半導体デバイスの製造で、今でこそ最先端ではありませんが、20nm程度までの線幅を持つデザインルールでは、フォトリソグラフィの分野では、波長の短いArF エキシマレーザや、液浸露光と合わせて、フォトマスクとして位相シフトマスクが適用されております。位相シフトマスクはMo とSi の化合物でマスクパターンが形成されております。大きな半導体工場では、多数枚のフォトマスクを使用しておりますが、時々フォトマスク上に小さな異物が形成され、パターン不良を生じさせることがあります。

 この異物は(NH42SO4 であることが知られております*3)。また、この化合物が生じる確率は必ずしも大きな数字ではなく、ReW での表面変色と同様に、形成が確認されるまでの時間も様々です。この現象を抑制する対策としては、防湿環境下での保管が知られています。要は、湿気があるとアンモニア化合物の生成が進んでいることになります。

 さらに、この化合物の形成の基には、(NH4)2MoO4 の様なマスク材に含まれる元素のアンモニア化合物が核になっているのではないかと疑っております。Mo とSi、及びその酸化物が混在するフォトマスクパターンの表面で、水分を介し、NH3 とSO2 をトラップし、(NH42SO4 が生成されると思われます。

 しかし、どんなMo とSi、及びその酸化物の状態の場合なのかは分っておりません。話をReW に戻しますと、熱分析でNH3 とH2O に起因する分解生成物が同時に確認されたことがヒントで、うもこの種類の化合物の生成、成長には、フォトマスクの事例と同様に湿度が大きく影響するのではないかと考えております。また、同時に、Re とW、Si とMo といったように、異種の元素が存在している場合にアンモニア化合物が形成される事があるのではないかと思います。

 さらに、WO3 やTiO2 といった触媒として機能する材料も、他の金属元素の担持や、水分の存在によっても触媒作用が大きく変化することとが知られており、その理由も十分には解き明かされていないと思います。

 タングステンやモリブデンを含んだ合金や化合物には、まだ謎が多い反応があると思います。しかし、現象については共通性もあると考えております。現象を解析していく過程で、その共通性の理由を明らかにしていくことが出来ればと期待しております。

 1).https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20200128/pr20200128.html
 2).https://www.toshiba-tmat.co.jp/res/theme12.htm
 3).E.Foca et. al: Proc. of SPIE Vol. 7748 774811-1(2010)
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