「正射必中・正射正中」

日本タングステン株式会社
取締役執行役員 機械部品事業本部長
中原 賢治

 ある時、「正射必中(せいしゃひっちゅう)」という言葉を久しぶりに目にした。というのも、筆者は大学時代に弓道部に在籍し、主将として、この言葉を心に唱えながら、スポーツとしての弓道に夢中になっていたからである。大学弓道では、通常、3〜5名が1チームとなり、近的(きんてき)競技における的中制(的中数を競う)で勝敗を決していた。近的競技では、射位(射手のいる場所)から28mの距離にある直径36cm(一尺二寸)の的をねらう。弓道では利き手にかかわらず、必ず左手に弓を持ち、右手で弦を引くことになっていて、アーチェリーのような補助具はなく、弓と弦だけで矢を射る。的は動かないが、なかなか、中(あ)てるのは難しい。

 全日本弓道連盟のホームページには、「弓道の心」として、「正射必中」が次のように紹介されている。【https://www.kyudo.jp/howto/】「弓道には正射必中という言葉があります。これは正しい射法で射られた矢は、必ず中る(あたる)という意味です。そして、私たちは、的に中てるために、正しい射法を目指して日々練習するのです。弓を射るということは、正しい射法を目指す、「真」の探求です。そして、的は、私たちに、自分の今行った射が正しいものであるかを教えてくれる素晴らしい先生なのです。一射ごとに「真」を求める姿勢、それこそが弓道です。」

 弓道には、弓矢を使って矢を射るまでの動作を八つに段階に分けて説明した「射法八節」という基本ルール(法則)があり、弓道を修練する場合の基準となっている。矢を射るまでの一連の動作は、終始関連して一つの流れを作り、動作と動作の間が分離・断絶してはいけないとされている。その一連の動作は、「@足踏み(あしぶみ)」「A胴作り(どうづくり)」「B弓構え(ゆがまえ)」「C打起し(うちおこし)」「D引分け」「E会(かい)」「F離れ」「G残心(ざんしん)」と呼ばれる八つのステップで構成されている。つまり、この八つのステップを正しく行うこと(正射)ができれば、矢は必ず的に中る、とされているのである。
筆者の大学時代には、先輩方の厳しい指導の下、この射法八節を意識し、一連の動作を極めて、的中率を上げようと取り組んでいた。
 今、筆者はビジネス社会にいて、弓道をまったくしていないが、この「正射必中」という言葉や考え方には、大学時代には気付かなかった、非常に大切な示唆を与えてくれていると感じるようになった。

 ビジネス社会においては、常に売上・利益などの目標という「的」や、的に中ったかどうかという「結果」を気にしがちだ。しかしながら、まずは正しいこと、正しい行動に集中すること、そのことが非常に重要であり、それによって自然と結果が付いてくる、ということではないかと思えるのである。

 目の前の結果にこだわると、目の前の結果さえ良ければ、正しい行動をしているかと判断してしまう。つまり、正しい行動をしていなくても結果が良ければ、正しい行動をしていると勘違いして、良しとしてしまいがちである。一方、結果が伴わないと、自らの行動ではなく、その他の原因を挙げ、自らの行動の正しさを問うことを避けようとしてしまう。さらに、正しくない行動(不正な行動)で中りを目指すようなことさえもあり得る。この状態では、たまに的に中ることはあっても、中て続けることは到底、できない。

 したがって、自分の内面と向かい合い、正しいこと、正しい行動をしっかりとできているかに常に着目し、そのことによって導かれた結果や変化かどうかを冷静に見続けることが求められている。では、正しいこと、正しい行動とは何であろうか?

 ここでは、「ビジネスや会社において」と考えてみよう。会社で正しいかどうかを判断するためには、経営理念が重要な役割を果たす。経営理念には、その会社の使命や存在意義、信念や価値観、行動指針、目指す姿などが書き込まれており、その会社にとって正しいと判断するための基準が示されている。そのため、ビジネスや会社においては、この経営理念に照らして、正しいかどうかを判断していくこととなる。

 当社(日本タングステン株式会社)では、2017年に以下のような経営理念(企業理念と行動規範)を制定し、その経営理念と向かい合って、自らの正しいことや正しい行動を決め、邁進しているところである。

  企業理念 Our Corporate Philosophy
   日本タングステンは、世界の人々と従業員の明るい未来を実現するために
   - マテリアルからはじまる価値創造に挑戦し続けます。
   - 常にNo.1を目指し、かけがえのない存在であり続けます。

  行動規範 Our Way
   ・私たちは、情熱を持って、失敗を恐れずチャレンジします。
   ・私たちは、当事者意識を持って、すぐ行動しやり遂げます。
   ・私たちは、相手の立場になって、期待以上で応えます。

 とは言うものの、なかなか中らない、つまり業績や成果が出ないこともある。そういう時こそ、その状況だけに一喜一憂するのではなく、「正射必中」を思い起こし、会社や自分にとって本当に正しいこと、正しい行動ができたかを見つめ直す、そして、できていないことは反省し、正しくなかった行動は是正し、正しい行動ができていれば信念を持って続けていくことに専心したいものだ。

 その正射必中の精神を続けた結果として、真の中りが得られることを、弓道では、「正射正中(せいしゃせいちゅう)」という。「正射正中」とは、正しい射(行動)で正しく中たることであり、弓道の最終目標である。

 筆者は、「正射必中」を心がけ、少しでも、この「正射正中」の域に近づきたいと思う、今日この頃である。

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