「新しい材料を採用して頂くこと」

東芝マテリアル株式会社
取締役事業推進責任者 白井隆雄

 窒化ケイ素というセラミックス材料を皆さんご存知でしょうか。窒化ケイ素とはSi3N4 の化学式で表される代表的な非酸化物セラミックスであり、機械的強度に優れることから、その特性を活かした応用が各種されています。

 筆者は会社人生の2/3 以上の期間をファインセラミックス事業部門に在籍しており、窒化ケイ素をパワー半導体用の絶縁放熱基板として世の中に広めていくことに力を注いできました。現在も未だ途上ですが、これまでの経験の中から新しい材料をお客様に採用して頂くために必要なことについて自問自答したいと思います。

 以下の表に代表的な絶縁放熱基板用セラミックス材料の物性例を示します。窒化ケイ素基板が世の中に出ようとしていた1995-2000 年頃には既にコストと特性のバランスに優れたアルミナ(Al2O3)、アルミナの10 倍近い熱伝導率を持つ窒化アルミニウム(AlN) が大多数を占めていました。

 そもそも弊社が窒化ケイ素を基板として適用しようとしたかはその背景として、当時弊社では窒化アルミニウムを基板材料として主力としておりましたが、半導体モジュールにした際に割れるとの苦情が散発する中、中々窒化アルミニウム自身の機械的特性を改良できませんでした。そんな中で、材料技術者が元々強度特性の高い窒化ケイ素の熱伝導率を高めることに成功したことが挙げられます。新規材料を半導体製品に乗せるためには長い実用開発期間が必要ですが、当時の顧客はグループ内であったことからオープンな関係で各種取組がし易かったことが早期採用に繋がったと思います。

 その一方で、実際には採用後に量産品質の不安定さから大きな品質問題が発生し、供給問題にまで至ってしまったことから、一時期は基板事業全体の危機に陥るまでの状況となりました。中量〜量産でのプロセスのロバスト性検証不十分と、我々が使う側の立場で求められる特性を十分認識していなかったり、逆に顧客にセラミックスの特性などを十分に説明しきれない中で採用まで進んでしまったことなどが原因であり、量産時の課題を事前に想定できなかったことが大きな反省点でした。時間を要しながらも改良を重ね、継続採用されることになったのですが、短期で採用まで漕ぎつけるスピード感は重要ではあるものの、各種検証や問題を想定していないと新商品の芽を逆に摘んでしまうことになりかねないことを思い知った事例です。

  

 上記の様に結果としてはグループ内採用が進んだのですが、この手のニッチ市場に向けた材料は全方位で販売ができないと規模的に成り立ちません。当時、社外に活路を見出す必要性もあったことから拡販活動に奔走する毎日でしたが、中々思い切った提案も出来ず、成果も上げられませんでした。

 その中である自動車部品メーカがHEV 用の新しいインバータを開発しており、そこで使用される絶縁板は放熱性と機械的特性の両立が必要との話を聞いて門戸を叩きました。実際には既に他社が窒化ケイ素基板を提案しており我々は中々技術面談すらできない状況だったのですが、ある時、セラミックスの板の一部に突起が付いた形状の試作依頼を受けました。セラミックス基板の一般的な製法では突起をつけることは難しいこと、後加工で形成した場合には値段も数倍に跳ね上がってしまって現実的でないことなどから試作をお断りするかとも考えたのですが、簡易的な後加工だけで突起を形成することを思いつき試作を了解しました。

 この時、引き受けたのが弊社1社だけであったことから、その後様々な表面形状の試作が舞い込み、都度対応して行く中でお客様との信頼関係を構築することができました。面談機会も増え、この特殊形状メリット/ディメリットなどお客様と討議をし、量産での安定性やコストを考えた場合シンプルなフラット形状が最もよいとの結論に至り、受注することができました。

 この製品は2007 年開始以来毎年増産を続け、現在では弊社主力製品となっているのですが、このHEV での採用は、車の電動化トレンドの中で、車載用絶縁放熱基板は窒化ケイ素が有効との認識を業界に広めることができ、弊社自身も自動車用部品としての品質含めたマネジメントを学ぶ大きな機会となりました。

 これ以外にも様々なお客様と採用や量産納入に際して数々の経験を得ることができましたが、新材料をお客様に採用しもらうにあたり、如何にお客様とコミュニケーションを取るか、オープンな議論できる環境を作り出すことができるかが最大のポイントと思っています。

 次には、様々な採用時の課題を事前に想定し潰していくかですが、お客様と会話をしていく中で潜在的な課題や解決法も見えてくることも多く、やはりお客様とのコミュニケーションがベースと思います。3 つ目はそれでも躊躇わずに顧客に提案していくことと思います。躊躇わずに提案していくことから始めないとなにも前に進まないので、課題の事前想定とセットではあるものの、これが最初かもしれません。

 先日、ベトナムを訪問したのですが、現地の混沌とした中での若さ溢れる活気が印象的でした。現地で事業をやっておられる方と話をしたのですが、「日本人はいい人が多くて信頼できるし品質もすごくいいけど、やることが遅いよね。」と言われ、漠然とはこれまで感じてはいたものの、直接言われたことでショックを受けました。

 信頼関係を構築してオープンな議論をし、事前にリスクを想定しながらいい製品、いいサービスを迅速に提供していくことで日本人のよさを前面に出しながら世界で戦っていけるのではなどと思いながら、現実は簡単ではないと今もなお日々悪戦苦闘しております。

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