「海外での事業の経験から思うこと」

東芝マテリアル株式会社
取締役営業統括責任者 篠澤 和弘

  著者は、単身日本を離れ、米国企業及 びその子会社のインド企業に身を置き、 事業の立ち上げ及びその経営に携わった 経験がある。

  世界的に白色LEDが新しい照明の光源 に置き換わると言われ、パラダイムシフトが起こる千載一遇 の機会に、親会社の命を受け、グループの照明事業会社に異 動していた著者は、同社が海外事業拡大のために買収した北 米の新興LED屋外・道路灯照明メーカーに、経営責任者とし て送り込まれたのである。

  僅かな成功を収めるまでに数多くの失敗を重ねる毎日であ ったが、ガラパゴス化する日本市場とは全く異なる、二つの ダイナミックに動く市場における会社経営から、海外での事 業の在り方を大いに学んだと思っている。当時のことを思い 返し、今の自分を見つめ直してみたい。

  当時米国ではオバマ政権下で、省エネルギーやクリーンエ ネルギーの推進により、エネルギー安全保障を強化する方針、 いわゆるグリーン・ニューディール政策がとられ、地球環境 問題を含めたエネルギー安全保障を確保しつつ、クリーンエ ネルギーのイノベーションによる経済の振興・雇用の創出及 び教育への投資の循環を作り、コミニュティを豊かにすると いう先進のモデルが注目を浴びていた。

  著者が勤めた会社もこの時流に乗り、市及び電力会社から ニューエナジーエコノミーパートナーの認定を取得し、設計 開発及び筐体・PCBAなど主要部品調達は(コストの安い) インド、完成組み立ては米国というIT業界さながらの体制で、 事業の拡大を目指したのである。しかしながら、すんなり成 功を収めるわけはなく、失注の連続であった。理由は他社に 劣る(競争力がない)ことに尽きるが、競争力を表す尺度は様々 ある中で、これを「会社の基盤力×商品力×営業力」で表し てみると、

  ・会社の基盤力が弱い:ブランドが浸透していない(信用 度が低い)。
  ・商品力が弱い:市場の要求に即した商品でない。
  ・営業力が弱い:購買の意思決定者にプレゼンスが届いて いない。
といったことであった。

  これらの原因にあたる「自社の利益に目が向きすぎて、コ ミニュティを豊かにする目的意識が欠落していたこと」、「多 機能でカッティングエッジデザインの商品にこだわり、顧客 (市場)が求める機能重視でかつ投資回収が適当である特性・ 価格の商品になっていないこと」、「直接の顧客(電力会社) に訴えるばかりで、その先にいるエンドユーザーや顧客のイ ンフルエンサーへのアプローチが不足していたこと」に気付 くには多くの時間を費やしたが、その後何としても成し遂げ たいビジネスに対して、機能重視の製品を立ち上げ、電力会 社への交渉を積み重ね、上院議員や市議会への陳情及びロビ ー活動を重ね、デモンストレーションを通して市民の後押し も受けることで、3年の年月をかけて入札の機会を得て、他 社を凌駕する提案を行い、受注に漕ぎつけることができた時 の達成感は今でも鮮明に覚えている。

  言い換えれば、海外での事業に必要なことは、少なくとも
  ・自らの基準を押し付けず、現場に密着して市場の要求を 正しく理解すること
  ・競争に打ち勝つ考えよりも、市場(顧客)と共生する考 えを持つこと
  ・成功へのシナリオの仮説と検証をスピーディーに展開し、 商品力・営業力を高めること
  ・決してあきらめず、信念をもってやり抜く気概を持つこ とを備えることが重要であると思えた。

  事業計画の立案力も弱く、プロジェクションのリアリティ が足りず、会計事務所のパートナーと一年以上減損判定の議 論を要することとなり、経営は目標からの逆算であることを 痛感したし、考え方の異なるアメリカ人・メキシコ人・スペ イン人・インド人らから成る多国籍従業員との衝突を通して、 典型的な日本企業型の管理の仕組みを押し付けない多様性を 重視する考えを持つことも重要であることに気付かされたこ とを申し添えたい。

  さて、執筆中にスティーブン・ホーキンス博士のご逝去の 報に接した。宇宙の創生に関する偉大な発見をしたイギリス の理論物理学者であるが、近年博士は「完全な人工知能(AI) の登場は人類の終焉を意味するだろう」と警鐘を鳴らしてい た。2045年にはAIが人の知性を超える「シンギュラリテ ィ」に至るとの予測があり、もはや何が起こるか予測もつ かなくなる世界が近づいているとの説がある(物理法則が通 用しない世界であり、もともとはブラックホールの中にある 世界が地球上に現れることを意味し、ホーキンス博士の警鐘 にあたる部分である)。また、AIの進化により、技術的失業 が危惧されており、情報技術に代替されやすい事務労働は機 械化が進み、労働人口は頭脳労働と肉体労働に二極化される というものである。一方、AIに負けない領域もあるそうで、 Creativity・Management・Hospitalityの3分野は人間に残さ れる仕事のスキルなのだそうである1)

  翻って、当社の材料部品事業の将来はどうだろう。

  先に申し上げた先進国・新興国のLED照明事業の世界を知 る経験から、現在、当社が開発した太陽光スペクトルを再現 する次世代LED光源技術TRI-Rを装備したLEDパッケージの 事業化及び世界へのその光の普及活動に携わっている。グロ ーバルな視点でも極めて保守的な一般照明市場に一介の材料 部品メーカーが新しい光を提案することは大きなチャレンジ であり、その取り組みにはまさにCreativity・Management・ Hospitalityが求められており、AIに負けない新しい事業モデ ルへのチャレンジでもある。

  一般照明に広く使われていた当社のタングステン・モリブ デン部品も白色LEDの出現により、事業は大幅な縮小を余儀 なくされたが、そのリベンジでもある。日出ずる国・日本から、 新しい光と価値を世界に届ける大義ある事業であり、東芝創 業者の一人で日本のエジソンと呼ばれる藤岡市助氏のDNAを 継ぐ会社の一つとして、必ず成し遂げたいと思っている。

  参考文献: 1)人工知能と経済の未来(文春新書) 井上智洋氏著


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