「酸化タングステンの色素増感型太陽電池への応用」

東芝マテリアル株式会社
佐々木亮人

  1. 緒言
 1991 年にスイス連邦工科大学のGrätzel らが、エネルギー変換効率10% を超える新しい太陽電池として色素増感型太陽電池(Dye Sensitized Solar Cell,以下DSSC) を開発した。DSSC の特徴は発電層に半導体である酸化チタン(TiO2) 粒子と粒子表面に太陽光を吸収する色素が吸着した構造にある。発電は色素が太陽光を吸収し、励起した電子がTiO2 に注入されることで起きる。DSSC の変換効率向上には長波長の光を吸収可能な色素が要求される。しかし、そのような色素では図1 に示すように、LUMO (Lowest UnoccupiedMolecular Orbital) がTiO2 の伝導帯準位より低く、色素から半導体層への電子注入ができない。そこで、TiO2 より伝導帯準位が低い半導体材料として酸化タングステン(WO3) の応用を検討した。
 図1. 電子移動過程とエネルギー準位

2.実験方法
 WO3 ナノ粒子をエチルセルロース樹脂材料に分散させ、スクリーン印刷法で透明導電膜付きガラス基板に塗工した。その後、焼成により樹脂成分を除去し、WO3 をネッキングさせた電極を作製した後、色素(N719) の溶解液に浸漬させ、WO3粒子表面に色素を吸着させた。対向電極にはPt 電極を用い、電解液には酸化還元対であるヨウ素を含む電解液を用いた。比較用にTiO2 電極も作製し、太陽電池特性の評価を行った。

3.実験結果および考察
 作製したWO3 電極およびTiO2 電極で、太陽電池特性を評価した。(図2)
  図2.太陽電池特性結果

 結果から、WO3 を電極材料に用いたDSSC でも光照射による発電を確認することができた。しかし、WO3 ではTiO2 に比べ、短絡電流(Jsc)、開放電圧(Voc)、フィルファクター(FF) が低下し、効率も低い結果となった。Jsc が低い理由として、WO3 に色素が十分吸着していないことが推測されたため、色素吸着量を測定したところ、WO3 の色素吸着量はTiO2 と比較し少ないことが判明した。

 この原因は、① TiO2 の比表面積は約100m2/g であるのに対し、WO3 は約25m2/g であること、② TiO2 とN719 色素はエステル結合で吸着するのに対し、WO3にはエステル結合をしにくいことが明らかになった。そこで、対策として、①の比表面積の増大にはWO3 ナノ粒子の合成過程で、焼成温度、時間、雰囲気を制御し、比表面積が約45m2/g のナノ粒子を作製した。また、②の色素とエステル結合を形成しにくい原因として、WO3 電極の粒子表面は表面水酸基(OH 基) の脱プロトン化によってマイナスチャージしており、色素のカルボン酸基のマイナスチャージと電気的に反発しているとの仮説から、WO3 粒子表面をY2O3 で被覆する方法を検討した。作製方法はWO3 電極を40mM の硝酸イットリウム水溶液に浸漬し、70℃で1 時間静置後、エタノールでリンスし、大気中で焼成を行った。処理を実施した際の色素吸着量を図3 に示す。
 
       図3.色素吸着の比較

  
   図4. 太陽電池特性結果(未処理、Y2O3 処理と高比表面積化の比較)

 上述の高比表面積化とY2O3処理とによって色素吸着量は約4 倍まで増大することが確認できた。さらに、改善した電極を用いて太陽電池特性を評価した結果、未処理電極と比較し、Jsc の増大、Voc が増大しており、効率は1.20% が得られた。(図4)以上のことから、WO3 電極を用いたDSSC の高効率化には比表面積の増大や色素吸着量の増大が必要であると考えられる。

4.結言
 WO3 は伝導帯準位がTiO2 より低く、色素増感太陽電池の電極材料として、長波長色素と組み合わせることで高効率化が望めるが、効率向上には色素の吸着量を増加させることが重要である。そのためには、比表面積の増大やY2O3での表面被膜形成が効果的であることを確認した。
今後、実用化に向けては効率向上に最適な色素の選択や、封止技術の確立などの課題がある。
 他方、WO3 は可視光応答型光触媒やエレクトロクロミック素子に応用されている材料である。結晶構造や粒径、酸素欠損量などを変化させることで、電子伝導性など物性を制御できることから、その応用範囲は、さらに広がるものと考えられる。

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