「人材の確保と課題」

東芝マテリアル
取締役 技師長  斉藤 秀一

 今から25 年ほど前、PC などに用いられる10 インチクラスのTFT(Thin Film Transistor)液晶パネルを初めて工場で立ち上げる機会に恵まれました。この最初の量産工場は鞄月ナとA社との合弁会社で、基板サイズも300mm x 400mm の第一世代と呼ばれるサイズを採用しておりました。ここで初めてMo 材料と関わることになりました。

 Mo はTFT 基板のAl 信号配線用のバリアメタル材料として、スパッタリングにより膜厚50nm の薄膜で形成されておりました。製品立上げ時にはやはり多くの問題が生じましたが、この中でも最も印象的な不具合として、トランジスタのオフ電流が高く、電流がリークする現象に見舞われました。トランジスタの半導体層(アモルファスシリコン)の膜質や、膜中、表面の不純物などが疑われました。このため、主要工程ごとにパターンの形状だけでなく、基板表面の分析も併せてトレースを実施しました。

 驚いたことに、信号線パターンを形成した後のトランジスタのチャネル部周辺から、微量ながらMo が検出されました。X 線光電子分光法により、その結合状態も確認したところ、MoO3 だけでなく、MoO2 も含んだ酸化状態で存在していることが分りました。信号線形成時にはメタリックなMo 薄膜が、アルカリや純水の薬液プロセスを経ることで表面が酸化することや、一部が溶けだし、十分にリンスできていないと基板全面に不純物として巻き散らかされていることが判明しました。

 この問題から、Mo は種々の酸化状態を持つことや、酸化状態によって薬液への溶解性が異なること、そしてデバイスへの影響も大きいことなどを初めて認識することが出来ました。この不具合の落ちは、Mo の酸化物、特にMoO2 が基板表面に残らないプロセスに変更することで、オフ電流も低減することができ、無事製品化まで立ち上げる事が出来ました。

 一方、TFT のゲート配線にもMo 合金が用いられております。上層に配置する信号線の断線を抑制する必要などから、このゲート配線は順テーパ形状に加工する必要があります。そのため、形状制御性に優れるプラズマエッチングで加工されます。プラズマエッチングの原理は、被エッチング材料である金属材料やSi 化合物を、ハロゲンと反応させ昇華させる方法が一般的です。

 例えば、Si ではF を含んだガスを放電させ、SiF4 の化合物に変化させることでエッチングが進行します。SiやAl、Ti、W など、ほとんどの材料はハロゲン化物でエッチングされますが、Mo だけは違った性質を示しました。例えば、Si のエッチング速度は、基板に供給されるエッチング種であるF イオンやF ラジカルの量が多いほど、速いエッチング速度となります。

 しかし、Mo についてはこの傾向が認められませんでした。最も大きなエッチング速度は、F 系活性種以外に、O イオンやO ラジカルが共存している条件でより高いエッチング速度を示し、この傾向は他材料には全く当てはまりませんでした。酸化物になった方がF 化しやすいのか、酸化F 化物でより揮発しやすいのか、今だにこの謎は解けておらず、ずっと心に引っかかっております。

 液晶パネルを例にとり、Mo 化合物の複雑な特性について紹介いたしましたが、メモリーやロジック、CMOSセンサー等、半導体チップの製造にも、Mo、Mo 化合物が様々な所で関わっております。直接デバイスを構成する材料としては少ないかもしれませんが、ウェハプロセスを支える製造設備や周辺部材への適用は、意外なほど多いのが事実です。

 プラズマや薬液といった以外にも、波長の短い紫外域の光や、高い温度で使用される部材等、様々な使用環境にさらされているため、Mo 化合物の持つ複雑な物性を理解することが望まれていると思います。Mo そのものは、半導体デバイスそのものの分野からみれば、縁の少ない材料ということもあり、物性を広く正しく理解されていない所もあるようで、問題解決に手こずっている例もあります。

 今回は、Mo を薄膜材料としてこれまで学ばせてもらった事例を紹介させて頂きました。薄膜でもバルク材料でも、基本的な物性は変わるはずもありません。種々のプロセス環境に接することでMo の表面に形成される化合物の複雑さを理解することは、薄膜プロセスを成り立たせるためには非常に重要であることを、これまでの経験から身を以て感じております。これからもMo の持つ奥深さには、翻弄されるのではないかと思いますが、科学のメスをもって、現象を正しく理解して、この材料をより多くの場面で使って頂けるようになればと期待しております。


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