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役員寄稿
  「江西東芝電子材料有限公司の思い出」
     東芝マテリアル株式会社
 取締役経営戦略部長
  筒井 善仁
 江西東芝電子材料有限公司は、1998 年に当社が中国の国営企業などと合弁で設立したタングステンワイヤの製造会社ですが、残念ながら2020 年12 月に会社清算を行いました。私としてはとても思い入れのあった会社でしたので、その思い出をご紹介させて頂きたいと思います。

 江西東芝設立の重要な目的はタングステン材料の安定調達でしたので、タングステン鉱石の世界有数の生産地である江西省カン州市に工場を構えました。今でこそ江西省第2 の都市として街も整備され、高層ビルも立ち並んでいますが、江西東芝設立当時は、まだ道路も舗装されていない見渡す限り赤い土の田舎街で、日本人は当社からの駐在者2 名のみでした。北京や上海で中国の方と会話した際も、カン州市のことを知らない方が多く、カン州(Ganzhou) の発音が広州(Guangzhou) とよく似ているため、広州市と間違えられることがたびたびありました。

 日本からカン州市への移動も容易ではありませんでした。現在でも、日本から飛行機の直行便はなく、上海や北京などを経由しなければなりません。またその便数も非常に少ないため、当日中にカン州市に到着することは難しく、往復の移動だけで最大4 日を要します。また、中国の飛行機は遅れたり欠航になったりすることが頻繁にあり、乗り継ぎに間に合わず、1 日余計にかかることも何度か経験しましたので、定刻から5 時間程度の遅れは常に考慮して旅程を組むようにしていました。

 カン州市は、中国の南東部に位置しているため、とても温暖な気候で、市場にはスイカや柑橘系の果物が豊富にありました。一方で、海に面していないため、料理で使われる魚は川魚でした。地元の方は、唐辛子などを使用した辛い味付けを好み、私は辛くて食べられない料理もたくさんありました。江西東芝の設立後、日本からの出張者が利用していたホテルでは日本人向けに辛さを抑えた料理を作っていただいていましたが、江西東芝の従業員には不評であったようです。現地の方が好んで飲むのは白酒(バイチュウ)というウオッカのような強いお酒で、中国特有の大きな円卓で、日本からの出張者は乾杯攻めにあうことから、胃腸薬が必需品でした。

 江西東芝で製造したタングステンワイヤは、当初は電球のフィラメントや蛍光灯の電極用が中心でしたが、液晶バックライト用冷陰極管の電極にも使用されるようになり、2006 年には生産量が年間約150ton にまで拡大しました。生産量の拡大に伴い、従業員も150 名まで増加しました。しかしながら、2011 年の東日本大震災を契機とした照明のLED 化、ならびに液晶バックライトのLED 化が同時に進展したことにより、日本でのタングステンワイヤの需要は急激に減少しました。

 江西東芝は、コスト削減や会社規模の縮小などを行、利益の確保に努めましたが、市場構造の変化に伴い需要の回復が見込めないことから、当社にて会社清算を決定しました。合弁先が中国の国営企業であったこともあり、会社清算の決定ならびに清算手続きにつきましてもかなりの紆余曲折があり、検討開始から会社清算完了まで、約6 年を要しました。

 最大150 名であった従業員数は、最終的に5 名のみ残っていただき、会社清算業務の対応を行っていただきました。この5 名は、1998 年の会社設立時から20年以上の長きに渡り、江西東芝の運営に携わっていただきました。中国の外資企業では、自身のステップアップのために転職をされるケースが多いと伺っていますが、江西東芝のスタッフは退職される方が少なく、大半の方が最後の最後まで自身の責務を全うしてくださいました。素晴らしい仲間に恵まれたことを、心から感謝しています。

 私が江西東芝に関わるようになった当初は、なぜこのような辺境に会社を作ったのかと愚痴を言うこともありましたが、最終的には、カン州市という都会から離れた土地であったからこそ、日本と中国の間に起こりがちな歴史や国益などに関するナショナリズムのようなものの影響を受けることなく、日本人と中国人が信頼関係を築くことができたのではないかと考えています。

 私は現在、可視光応答型光触媒ルネキャットの事業に携わっています。ルネキャットにつきましては、昨年11 月に開催されました「第33 回タンモリ工業会セミナー」においてご紹介させていただきました通り、タングステンを応用したユニークな製品です。タングステンには、融点が高い、重い、硬いなどの特長があり、過去から様々な用途で活用されていますが、ルネキャットは、タングステンにはまだまだ可能性があることを教えてくれました。

 江西東芝でのタングステンワイヤ事業は残念ながら終息しましたが、その思い出を大切に持ちながら、今後もタングステンのビジネスに関わっていければと考えております。
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